Mar/2008-Jun/2008 (Log of e-PAD)

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Lamborghini Prototype 投稿者:inagaki 投稿日:2008/06/16(Mon) 23:51 No.179 Home [返信]
これも資料室代わりに。

Lamborghini La gammes en photos > Prototype Lamborghini
http://www.kldconcept.com/index.php?file=Gallery&op=categorie&cat=14

ま、これらの多くは語るまい、と。
資料は漁ればいくらでも出てきますからね。真贋を問わず、ですが。

F-117 投稿者:inagaki 投稿日:2008/05/27(Tue) 21:56 No.156 Home [返信]
ヒコーキねたついでに。
F-117も退役だそうです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/F-117_(%E6%94%BB%E6%92%83%E6%A9%9F)

この機体、最新鋭いう言われ方をしてきたわけですが、コクピットを見る限り、結構昔の機体ですね。
この手の機体を見ると、フライバイワイアで補正しながら飛ばすことができるようになってから飛行機の格好ってどうでもよくなったということなんでしょうかね。

Re: F-117 投稿者:「い」 投稿日:2008/05/28(Wed) 22:43 No.158 Home
しかし,ああいう奇妙な格好をしてるのは言うまでもなくステルス性能向上のためでしょうが,そうやってサンザン苦労して凝った機体形状を実現しても,何年後かに機体が出来上った頃には……

「おーい,FCS 認識モジュールのアップデートだってさー」
「あいよー.インストールしとくわ」
「おー.見えなかったモンが今度は見える見える」

こんな感じで,レーダー側のパタン認識アルゴリズムが進歩していて意味無し…ってぇことにならんのでしょうかなぁ.何となく,部門別の技術進歩速度を考えると,CCV に必要なシミュレーション技術よりは,パタン認識の方が,進歩する速度はズッと速そうな気がします.CCV は航空機だけの個別技術ですが,パタン認識は汎用技術なので.

# 車でも,面倒で自由度の少ないサスペンション設計よりも,タイヤやブッシュのポリマー技術の進歩の方が速くて,サス形式やバネ下自体は今はあまり意味ない.みたいなのって,ありますなぁ.

Re: F-117 投稿者:inagaki 投稿日:2008/05/28(Wed) 22:48 No.159 Home
結局ですねぇ、矛と盾の争いということなんでしょうね。

Re: F-117 投稿者:「い」 投稿日:2008/05/30(Fri) 00:26 No.161 Home
YF-22と YF-23のときにも一悶着ありましたな.たしかありゃぁ要求仕様にステルス性重視の項目があったので,B-2の経験のある Northrop は大張り切りで,自慢の Cray 製スパコンでもって RCS やら CCV シミュレートをガンガンにやって造ったのが YF-23で,フタを開けてみりゃ,採用決定は,見るからに極くフツーな YF-22(笑)

ノースロップ「なんでよー.あれのどこがステルスだよー」
ペンタゴン「いやまぁそのぅ,試作内示したのは10年近い前で,状況が」

……ステルスなんざ,機体形状に差支えのないところで程々にやっときゃよろしい.大金使って派手に弄るまでのことはない.ってことになっちゃってたんでしたっけな.

# ああいう CCV シミュレートのソフトって,採算に合うんでしょうかなぁ.X-48B みたいなものを作って売れたら,モトが取れるのかなぁ.

Re: F-117 投稿者:inagaki 投稿日:2008/05/30(Fri) 07:24 No.162 Home
>YF-22の採用理由は、YF-23にくらべステルス性やスーパークルーズ性能では劣っていたが機動性および生産コストと整備の簡易さが優れていたためとされる

Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/F-22

とされておりますけど、要は軍馬に近い方を採用した、ということなんでしょうね。
ステルス性はレーダの進化で相対的な議論になる、速度は最終的に行う作戦に支配される、と言うことなんでしょうね。(音速の2倍を超えてくると空気との摩擦熱との兼ね合いも、より問題になるでしょうしね)

Re: F-117 投稿者:「い」 投稿日:2008/06/11(Wed) 16:14 No.176 Home
CCV といえば,2月にグァムで墜ちた B-2のビデオが Wired Vision に上がっていました.

http://wiredvision.jp/news/200806/2008061121.html

> グアムは湿気が高く、始動前にセンサーを熱して内部の湿気を蒸発させるという「技」が一部のパイロットや整備士らによって非公式に行なわれていたが、事故時には使われていなかったという

やっぱ CCV機でも,そういう奥義と言うかコツというかワザってあるもんなんですなぁ w

ヒコーキネタついでに 投稿者:inagaki 投稿日:2008/05/30(Fri) 21:42 No.163 Home [返信]
この場所が適切かは置いておいて、(まぁ、持ち主が言いというのであるから良いではないですか・・・って誰に言い訳しているんだろう>私)

いささかタブーのような気がしますが、

「零戦」は名機だったのだろうか

というのはいかがでしょうか。
まぁ、ありていに言うと「燃料投下」のつもりなんですけど(笑)

Re: ヒコーキネタついでに 投稿者:「い」 投稿日:2008/05/30(Fri) 23:06 No.164 Home
戦前GPマシンのレギュレーションだった“750kgフォーミュラ” のように,“1000hpフォーミュラ戦闘機” なんてルールがあれば,零戦はズバ抜けた優秀機だと思いますw. (辛うじて対抗できるのは,かなり設計の新しいイタリアの Ambrosini S.A.I. 403ぐらいでは)

しばしば零戦の難点と指摘される機体剛性の脆弱,防弾の欠如,速度の不足,将来的性能向上に必要な冗長性などは,どれもエンヂンの出力が大幅に増えないと克服出来ませんので,該当するエンヂンのなかった設計時点では,求めても無理.ということになりましょう.

ちなみに,もし上記のような難点を零戦設計の昭和12年時点で無理を承知で克服しようとするとどうなるか,というのは,友人がフィクショナルなストーリを書いておりますので,以下にポインタを示しておきます.物語中の技術設定はワタシがやりました.

http://www13.ocn.ne.jp/%7Ecacib907/rikuwasi.htm

Re: ヒコーキネタついでに 投稿者:inagaki 投稿日:2008/05/31(Sat) 00:27 No.165 Home
零戦はですね、1000HPフォーミュラではなく、
850HPフォーミュラだったら、それなりに優秀だったと言えるかもしれない、と私は思います。

もっとも、850HPフォーミュラをやろうとすると相手になるのは生まれたての低翼単葉機、複葉機の最後あたりだと思うのですが・・・

1000HPフォーミュラクラスというと、Bf109とかスピットファイアの原型機は1934年とか1935年あたりから開発しておりますので、その時点で1000~1100HPですから同じような零戦と同じレンジのとしていいのでしょうか・・・
昭和15年頃、零戦と同時期に配備されたのBf109E4(Bf109/E4)なぞは既に1425HPのエンジンを、スピットファイアのMk.Vは1500HPンジンを搭載していた訳ですので、やっぱりクラスが違うのかな・・・

蛇足)

いささか・・・な部分があるサイトですが、
旧日本軍弱小列伝
http://www.luzinde.com/

がよく分析されていると思われます。
(すべて正しいのか、というと確証はありませんが、かなり身も蓋もないです・・・)

Re: ヒコーキネタついでに 投稿者:inagaki 投稿日:2008/05/31(Sat) 00:57 No.166 Home
これはおまけ。このサイトも面白いです。

真実一路
http://www.warbirds.jp/truth/index.html

Re: ヒコーキネタついでに 投稿者:「い」 投稿日:2008/06/01(Sun) 01:02 No.167 Home
後者はともかく,前者はギャグでは

Re: ヒコーキネタついでに 投稿者:inagaki 投稿日:2008/06/01(Sun) 08:55 No.168 Home
そうですね。自虐的ギャグ(笑)

Re: ヒコーキネタついでに 投稿者:inagaki 投稿日:2008/06/01(Sun) 14:57 No.169 Home
ま、インフラ含めた工業力の差がありますから、どんな条件をつけても勝てる道具は存在し得ないとは思いますけど、たらればで、AviaS-199とかイスパノHA1109K-1-Lみたいに、戦後残された零戦が他のエンジンを載せたらどんなだったんでしょうね。

うそ話1)
戦前、少量スウェーデンに輸出された零戦が(実際にスウェーデンは零戦の購入を日本に打診し、日本側も乗り気だったらしい)何らかの事情で首なしになって、DB601系のエンジンを搭載されてしまう

うそ話2)
やはり、戦後インドネシアに残った零戦が・・・オランダ軍の残したブリストル系エンジンを搭載して・・・

うそ話3)
仏印に残された零戦が、ノーム系のエンジンを・・・

うそ話4)
オーストラリアあたりでマリーン系のエンジンを・・・・

ああ、いったいどういうヒコーキになっていたんでしょうね。
レストアの際にライト系だったかアメリカのエンジンを載せて飛んでいる零戦ってあったと思いましたけど。

Re: ヒコーキネタついでに 投稿者:inagaki 投稿日:2008/06/01(Sun) 17:27 No.170 Home
で、描いてみました。いかがでしょう。
ネットに転がっている図面のコラですが。

http://corsalibera.sytes.net/freeb/gallery/pic/zero.JPG

いや、一度描いてみたかったんで(笑)

Re: ヒコーキネタついでに 投稿者:「い」 投稿日:2008/06/02(Mon) 00:39 No.171 Home
ま,これは史実の話ですが,「飛燕」設計の土井さんと零戦の堀越さんは同級生で友達ですね.
で,土井さんは御存知の通り,「飛燕」→五式戦で,DB601から三菱・金星にエンジンをコンバートして,さほど性能低下を見なかったという事実があります.

一方,零戦も,54型丙で,中島・栄から,三菱・金星にエンジンをコンバートし,出力を大幅に向上させた仕様がありますが,これは性能面では五式戦に遥か遠く及びません.また,元々の中島・栄は,非常に出力重量比の優れたエンジンですから,同程度の質量のエンジンでで更に大出力という選択肢は,If を含めても事実上ありません.このことから容易に想像できるように,金星よりずっと重いDB/マーリン/ブリストル/アリソンのエンジンでは,言うに及ばない結果になることは疑いないでしょう.

土井さんは戦後に,この件について堀越さんとも話をしたことがあるそうですが,やはり,「零戦は千馬力内外の出力領域で (極めて洗練されて) 最適化された機体」であるというのが二人の結論で,その基本設計が動かない限り,大出力/大寸法重量の発動機に換装しても,機体剛性や強度面の限界があって性能向上へ寄与するところが少ない…とまぁ,ごく当り前な話に落着いたようです.

いみじくも佐貫 亦男さんは,「よゆう」と「むだ」は見極めるのが極めて難しい.と書いておられますが,史実で Fw 190 やスピットが実証したような,性能向上の「よゆう」は,昭和12年に堀越さんが設計した時点では「むだ」と看做すしかなかったわけで,仮に初期の零戦に,この「よゆう」を持たせていれば,重量過大,剛性/強度過大の凡機となっていたことも疑いないことではあります.

私などは若い頃「過度の設計の最適化は,これを避けよ」と教わったものですが,分野は違えど,そういうリスクヘッジの工夫は,技術の世界には,ある程度普遍なものなのでしょうな.

Re: ヒコーキネタついでに 投稿者:inagaki 投稿日:2008/06/02(Mon) 23:28 No.172 Home
>「零戦は千馬力内外の出力領域で (極めて洗練されて) 最適化された機体」

というのは良く聞く(というか設計者がそう言っていますね)話ですが、半世紀後の現代では、それが道具としてどの程度の意味があったのかという議論はなく、自画自賛、悪く言うとかばい合いというんですか、そういう話に収束してしまうのがなんだかなぁ、という感じなのですね。

もっと冷静な議論としては、「い」さんもおっしゃるように

>「過度の設計の最適化は,これを避けよ」と教わったものですが,分野は違えど,そういうリスクヘッジの工夫は,技術の世界には,ある程度普遍なものなのでしょうな.

これが全てを語っているような気がしますが、ある型を見れば「重量過大,剛性/強度過大の凡機」であってもそれは「道具として有用であったのか」というのが本来の問題であって、それを実現できなかったのは、結果としては成功か、失敗かというと失敗作と言い表す以外にないと思うのですね。

軽量、強力なエンジンがなかった
資源が不足した
工業的なインフラが整っていない

などなどありますが、これらは不運などでは決してない。当時の現実であって、当時の技術者、土井さんも堀越さんも木村さんも佐貫さんも・・・また、それらの方々を取材して書かれた書物も皆、自分たちの責任ではないように書かれているものばかりですけど、(まぁ、そりゃ社会的なとか、工業界全体の、って話になったらエンジニアに責任を押し付けるのはいかがなものかと思いますけど)だったらなおさら、結果的な過去のネガはあえて断罪し、教訓にする姿勢が必要なのではないか、と考えます。

考えるに、当時の日本では、所詮(という言い方はいかがなものかとも思いますけど)零戦程度のバランスというか性能というかを実現するのが精一杯だったのでしょうね。

Re: ヒコーキネタついでに 投稿者:「い」 投稿日:2008/06/03(Tue) 10:51 No.173 Home
>> 過度の設計の最適化は,これを避けよ

まぁ,これは私の専攻は建築ですので,製品の寿命が長く,要する資源も大きいため,極端に設計時点での要求条件に最適化してしまうと,不可避の変化に適応できないから駄目である.ということですな.

一方,零戦は設計が1937年,実働戦力として機能したのが1940年第三四半期~1944年第一四半期頃までとしますと (その後は明らかに想定外の用途に使われていますので) ,製品寿命は他と比して格別に短くもなく,その間は,客観的データや実績からも,充分に有用な機材であった,と評価して宜しいのではないでしょうか.Bf 109 やスピットは,どちらも非常に長寿な例外で,他の大多数の機体は,零戦の前世代/同世代の国産機を含めて,その程度の製品寿命ですからね.

> 軽量、強力なエンジンがなかった
> 資源が不足した
> 工業的なインフラが整っていない

これらは,どちらかと言えば,尽きていた製品寿命を,後継機種の開発が上手く行かなかったため延伸しようとした時に顕在化した問題かと思います.1937年時点では,栄は充分に軽量で妥当な出力水準ですし,複雑巧緻な設計も,資材価格に比して工数単価の安い日本工業の事情特色を生かしたものと言え,大きな難点として指摘するには当らないと思います.

私があえて指摘するなら,いかなる「有用な道具」でも陳腐化は避けられないもので,それに備えた後継機の企画製作に失敗した,プロジェクトマネジメントの方にこそ大きな瑕疵があると思いますが,もちろんこれは零戦という製品個別の難点とは峻別すべきでしょう.

後継機の企画製作に失敗した遠因としては,零戦を情緒的に過剰に神格化して,「零戦とて有限寿命の道具であり,それ以上でもそれ以下でもない」という客観評価の視点が不足していたことも一つに挙げられるかも知れません.とすれば,「名機か否か」という設問自体に包含される情緒性をも問題としなければならなくなりますがねw

Re: ヒコーキネタついでに 投稿者:inagaki 投稿日:2008/06/08(Sun) 15:57 No.175 Home
巷では既に議論されているネタでしたね。

http://www.joy.hi-ho.ne.jp/complement/mil/2ch/

私はどうしても、一流の戦闘機、名機と思うのに抵抗を感じるのですが、

http://www.kanshin.com/keyword/1250754

こういう存在のような気がするんですけど。
SuzukiとかDaihatsuなんかのあたりと比較すると・・・・

Histoire Tango 投稿者:inagaki 投稿日:2008/06/05(Thu) 23:54 No.174 Home [返信]
私的防忘録 として。

I. Bordel 1900 by A. Piazzolla, Giuffredi-Scabbia
http://jp.youtube.com/watch?v=7qBBu-jZCOo&feature=related

II. Café 1930 by A. Piazzolla, Giuffredi-Scabbia
http://jp.youtube.com/watch?v=wmJjWVa6oxQ&feature=related

III. Night-club 1960 by A. Piazzolla, Giuffredi-Scabbia
http://jp.youtube.com/watch?v=bDeAcZKu3xE

IV. Concert d´aujourd´hui by A. Piazzolla, Giuffredi-Scabbia
http://jp.youtube.com/watch?v=9IQhdtIcehM

以下は違う演奏にて。

2003 Histoire Tango mvmt 1 Bordel

2003 Cafe1930 from Histoire du Tango

2003 Histoire Tango mvmt. 3 Nightclub

2003 Histoire Tango mvmt. 4 D’Aujourd’hui

A380が就航 投稿者:inagaki 投稿日:2008/05/21(Wed) 09:08 No.151 Home [返信]
総2階A380が就航=悪天候避け回り道-開港30年の成田空港とのこと。まぁ、でっかい機体ですよね。

http://www.jiji.com/jc/zc?k=200805/2008052000470&rel=y&g=soc

で、787はどうしたんだろうか・・・

Re: A380が就航 投稿者:「い」 投稿日:2008/05/27(Tue) 09:22 No.152 Home
どうもA380って,ワタシは駄機なんじゃないかなぁと感じています.確信があるわけではなく感覚的なものなんですが,つまりその,

1. 企画自体がバブル期の産物で,しかも開発に時間が掛り過ぎていて,就役の今時点で既にいささか陳腐なんじゃないかと.

2. 目下の初期型の段階から既に高揚力装置などが満載で,さぞや将来的発展の余地が少なかろうなぁと.名機ってのは最初はシンプル過ぎるぐらいの姿で現れるもんだという気がします.

まぁ引き渡しがベタ遅れになった上に今も遅延が続いてる件,その原因は何なのかとか,もしかしたら製作上の難点が多いんじゃなかろうかとか,遅れた所為での採算の悪化とか,そういうこともありますが,どうなんでしょうなぁ.

Re: A380が就航 投稿者:inagaki 投稿日:2008/05/27(Tue) 19:53 No.153 Home
>名機ってのは最初はシンプル過ぎるぐらいの姿で現れるもんだという気がします.

ま、確かにそうなんですが、シンプルなように見える787の方も遅れに遅れてどうしようもなくなりつつありますね。
昨年ロールアウトしたものの、まだ初飛行すらしていない。

Re: A380が就航 投稿者:「い」 投稿日:2008/05/27(Tue) 21:57 No.157 Home
787はねぇ…… 何となく当初から「タッタ5年で出来るもんかいな」
って感じはありましたからなぁ.
つぅか幾らCAE CAD CAM が進歩したって言っても,順調に行った時でも,
ホントに5年ぐらいで出来ちゃうもんなんですかねぇ.どうも信じられぬ.
MRJ なんかも2013年就航予定,つまり5年って言ってますが……

SアグリF1撤退 投稿者:inagaki 投稿日:2008/05/06(Tue) 23:32 No.150 Home [返信]
金の切れ目が縁の切れ目ということですか。
ホンダのサポートといいますが、存続につながらないということはどの程度のことか想像がつくというものです。

成績も良さげなことが報道されていますが、それも「プライベータとしては」という但し書きつき。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/sports/other/142894/

ま、残念ですが、これが現実というものでしょう。

タイア昔話 投稿者:inagaki 投稿日:2008/02/25(Mon) 20:39 No.124 Home [返信]
長くなったので新スレッド作りました。
昔話限定にて(笑)

Re: タイア昔話 投稿者:さんどろ 投稿日:2008/03/02(Sun) 02:55 No.132 Home
どなたも上げてこないようでしたので、僭越ながら・・・(笑)

今でこそ、ベーシックグレードのクルマでもなかなか装着されない70扁平のタイアですが、私たちが運転デビューした頃はハイパフォーマンスの範疇とされておりました。標準は82(80)扁平でしたから。

その上は60扁平となり、日本製はクルマもタイアも大概はココで打ち止め、50扁平とかなればスーパーカーの世界へ突入していく訳でした。
(Porsche Turbo御用達のPIRELLI P7とか)

#65扁平は当時出るか出ないかくらいだったような。
 あまりラインアップも無かった記憶でした。

当時の『イマトキの若者』であった私たちには60タイアなんて高嶺の花でしかなく、トテモ買えませんでした。
当時のテンロク(これまた懐かしい)クラスの標準サイズであった185/60R14だと、4本セットで8太子(諭吉ではなかったのですよ当時は)越えでしたので・・・

だから、『70タイアの空気圧を0.5kほど上げてやると60タイアのフィーリング』なんて風評を聞いてそれじゃぁと、せっせとタイアに空気を入れてましたとさ。>さんどろ

科学のココロが無いと笑われそうですが、若い頃なんてこんなモノでしょう・・・
私だけだとしたら、かなりお莫迦ちゃんですが。(笑)

Re: タイア昔話 投稿者:「い」 投稿日:2008/03/04(Tue) 17:46 No.136 Home
クルマの世界ってのは,しばしば超科学的な事柄が常識化する百鬼夜行の世界にて,さしずめこの扁平タイアなんてのもソレでしょうなぁ.

言うまでもなく,あれはタイアの優劣とは全く関係がなく,単に狙ったハンドリング特性の差異だけの筈ですが,いつの間にか「扁平なタイアは良い|カッコいい|高級なタイア」ってことになっておりますね.
那辺からそのような奇妙な風潮が生まれたか.レースで扁平ラジアルが一般化したのはそのずっと後ですから,たぶん起源はレーシングカーではない.

ワタシが考えまするにあれは,ヘッポコデザイナーのレンダリングからではなかろうか.つまり,クルマのデザイン画ってのは,70年代後期から今に至るまで,いわゆるアートセンター・カレッジ流のレンダリング手法が主流になっておるわけですが,これが十年一日みな判で押したように,空気が入ってねぇような薄いタイヤを描く (笑)

あの学校は,昔から非常に幻想的な技術教育で夙に知られておりまして,例えば明らかにハンドル切れない前輪タイアハウスの造形とか,到底開きそうにない形状のドア,どうやってエンジン入れるのか謎なボンネットノーズ形状,人間が座れそうにないキャビンなどを描いても構わぬ.それどころか良い点が取れると見えます.同じことを他のID分野や建築デザインでやったら赤点以前だと思いますが.

そういう中で,きっと誰か軽佻みな奴が思い付きでホイールを幻想的にデフォルメして描き,あまりにデカく描き過ぎてタイアが描けなくなったので縁取りを黒く塗っただけでタイアに見せた.と.それが一見斬新だったものだから定番描法として定着した.
つまり先に絵が出来,タイヤ屋が後付けで尤もらしい理屈をでっち上げ,セールスプロモーションに使った……

とまぁ,かようにワタシは推測するものであります.

Re: タイア昔話 投稿者:さんどろ 投稿日:2008/04/02(Wed) 02:41 No.145 Home
タイア、というか、ホイールの大径化は、競技の世界ではブレーキ強化の歴史かなという認識でおります。

WRCを引き合いに出せば、90年代からイベントの『舗装化』が進み、より大きい制動力を求めて大型化したローターとキャリパーを納める為にホイールが大径化するも、レギュレーションでタイア外径が制限されており(確か直径で650mm程度)それで扁平化せざるを得なかったと記憶しております。

GR.Cでは80年代中盤までのPORSCHE956とか962の頃は16インチホイール(BBSメッシュ・センターロッキングとか)を使っていましたが、その後90年代に入ってフルブースト1000PS級とかオムスビ4つなんてのが出てきた頃は、19インチだの20インチだのというハナシでしたね。UKダンロップが20インチ投入した、とかと報道されていたのを憶えております。
知人にオムスビ搭載車(787)のメカニックを務めた方がおりまして、訊いてみたところ、Cカーでも制動力の向上の部分と、タイアの大径化でロングライフを狙っていたようなハナシを伺えました。

#『もうふた昔近く前のコトだから忘れちゃったよぉ~』と笑いながらも語っていただけました。>知人
 
でもインチアップに際してはフェンダー削っていたとのこと。
当時、ボディカウルも既にカーボンファイバーじゃなかったか?
だとすれば削るにはダイアモンドファイルでないと正しく『歯が立たない』状況だったのでは・・・

また訊いてみようっと。(笑)

Re: タイア昔話 投稿者:inagaki 投稿日:2008/04/03(Thu) 00:23 No.146 Home
ホイール大径化の話になっちゃいましたか。

競技車はともかく、一般のくるまでは、16インチだ、17インチだというのはお好きな方はともかく、ワタシにとっては迷惑です。
自分でなんとかなるのはやはり、14インチとか15インチまでですからね。それ以上はやはりでかくなる、重くなるで手に負えないとワタシは思うのですが。

競技車がホイールサイズを大きくした、という話、ラリー車ではレギュレーションの関係もあった(タイア外径はを市販車に装着したものに合わせなければいけなくて、その上ででかいブレーキを着けたいということ)と記憶しておりますが、他のクラスではどうだったですかね・・・

Re: タイア昔話 投稿者:さんどろ 投稿日:2008/04/06(Sun) 01:15 No.147 Home
稲垣サン

すみません、しちゃいました。>大径化
まぁ、ホイール径でも昔話ができますから、ソコはご容赦を(笑)

確かに自分で交換するとなると、ホイール径がデカいと難儀ですね。
パンダの頃は楽だった・・・小指でホイホイと、は冗談にしても、片手に1本ずつなんて楽勝楽勝でしたから。タイア直径560㎜クラスの13吋でした。もちろん扁平率は70とか82で。夏が70、冬は82でした。(懐)

今のクルマは17吋の直径640㎜クラス(45扁平)なので、扱いきれない程では無いにしても重たいのは真実ですねぇ。手に負えないと云えば、タイア代も莫迦にならない。(苦笑)

#その辺の事情は拙ブログをご覧になっていらっしゃるコトかと存じマス。(笑)

>他のクラスでは~

FIAの国際スポーツ法典附則J項を具に調べればヨイのかもしれませんが、サスガにそこまではマニアでは無いので・・・>さんどろ

しかし、クルマを買い換えているのにホイールは『いつか使うかもしれないから・・・』と残っているのが6セットあり。冬タイア用にと揃えた結果捨てそびれたものもあり、みーんな実家に眠っております。(爆)

前述のパンダ用13吋(OZ製、タリアフォーミュラ用らしい)と86用14吋(BS製SuperRAP)はそろそろ処分しようかな・・・どちらも使いそうにないので。
もっとも、今のクルマには使えそうもないサイズかもしれませんねぇ。(苦笑)

Re: タイア昔話 投稿者:inagaki 投稿日:2008/05/04(Sun) 22:30 No.148 Home
静かになってしまった(笑)ところで話をぐいっと戻しますが、

つい先日、Astraのタイアを交換したのはすでにトップページの方に書きましたが、交換した店の在庫を眺めたら、MICHELINのMXEが!(中古タイアですが)ありました。なんでも、OEM用にはまだあるようですね。まだ生きていたか!という感じです。

Re: タイア昔話 投稿者:inagaki 投稿日:2008/05/04(Sun) 22:31 No.149 Home
そういえば、そのタイア屋の在庫の中に、MXVも発見。山はしっかりしていたけど、いったい何年経っているんでしょう。

大体、誰が買うんだろうか・・・

なんとまぁ 投稿者:さんどろ 投稿日:2008/03/15(Sat) 01:45 No.142 Home [返信]
稲垣サン

連投すみません・・・

車両入れ替え、オドロキました。
質実剛健路線を邁進中ですね。(笑)

ワゴン車仲間が増えてチョット嬉しいですね。
(私の国民車ワゴンも一応Cセグメントに入るかと思いますので・・・)

Re: なんとまぁ 投稿者:inagaki 投稿日:2008/03/15(Sat) 17:29:36 No.144 Home
出来がよくて安価な輸入車を探そうとすると、今時はホントに選択肢がないのですねえ。
Focusなんかも探してみましたが、比較するとあっちは内装がやや安っちい上に高価、タマ数も少ないこともあり断念したのです。

そう云えば 投稿者:さんどろ 投稿日:2008/03/15(Sat) 01:15 No.141 Home [返信]
ヤナセ名誉会長の梁瀬次郎氏がお亡くなりになりましたね。
御冥福をお祈りする次第です。。。

氏は、日本の輸入車(業界)を語る際には避けて通れない方でありましょうし、氏が居られたからこそ現在本邦において、これだけ輸入車が普及することになったというものでしょう。

#日米の自動車殿堂入りも頷けるというものです。
(功罪で言えば、罪の部分がよりも功の方が圧倒的に大きいということですね。)

先だってのポール・フレール氏といい、ひとつの時代の区切りが来たような寂寥感を覚えます・・・

Re: そう云えば 投稿者:inagaki 投稿日:2008/03/15(Sat) 17:18:49 No.143 Home
簗瀬氏は善し悪しはともかく、日本で輸入車に関わる人たちに絶大な影響を与えたことは間違いないでしょう。
ま、よいことは皆マネせず、悪しきことばかりマネした結果、現在の輸入車界があるのもまた間違いないでしょうね。
そう考えると複雑な思いもありますが、まずは私もご冥福をお祈りしたいと思いますね。

いや、なんとなくなんですが 投稿者:inagaki 投稿日:2008/03/14(Fri) 22:40 No.140 Home [返信]
ネタも思いつかないのでなんとなく晒してみます(笑)

http://nao8388.asablo.jp/blog/

悪乗りごめんなさい。